『タイヨウのウタ』
「千庭君、ひょっとして、今何か悩んでない?」
ノートをすべるペン先には何のためらいもよどみもなかったはずなのに、今度から新しく来た家庭教師――新採のまだ若い男だが――、三樹はそう言った。
「は?」
「これでも君専属の教師になってしばらく経つからね。それくらいは分かるよー。」
柔和で間の抜けた風貌に似合わず、意外に鋭いらしい。正直見直した。
「別に悩んでなんかいませんが。」
ここは突き放してかわそうと思った。
「そんな風に見えましたか?問題は順調に解いているし、成績だってトップはキープしています。」
「うーん、強いて言うなら悩みなんてなさそうに見えるところかなぁ?」
「どういうことですか?」
「何ていうか、今心の中に大きな問題が生じていて、それを忘れたいがために一心不乱に勉強に打ち込んでいるように見えるんだよ。考えないように務めるってことはつまり考えたくない考えなきゃいけないことがあるってことだろ?」
成る程。毒にも薬にもならない優男だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「千庭君は、悩んだからといって解決するわけでもない悩み抱えたら時労力の無駄と結論付けて
自問自答することしなさそうだ。個人的にはそういうのも人生において必要だと思うけどね。」
前半は褒めてやってもいいが、後半には賛成しかねた。
やはりこの男俺とは根本的に考え方が違うらしい。
「で、悩みだけどずばり恋だろ?君のような理論派の子が悩むといったら理屈だけじゃ上手くいかないことだろうし。それに君のように頭のいい子が進路や成績で悩む必要あるとは思えないからね。」
返答に困った。余りに図星過ぎてなんと答えていいか分からない。
それは表情に出ていたらしく、三樹がニカッと価値誇ったように笑った。
今日はやけに饒舌だ。しつこく絡んでくる様はどこかの大馬鹿を思い出す。
違うのは意外に食えない男らしいと感じさせる知性の有無か。
「告白しようとは思わないの?千庭君みたいに男前だったら断られることもないと思うけど。」
「来年は受験ですから。遊んでいる暇なんてありません。それに所詮高校生の色恋ですから、諦めつくうちに諦めていた方が合理的です。感情を言葉にするのは好きでも得意でもありませんから。」
「ふむ、なるほど。でも愛情を伝えるのは言葉だけじゃないだろ?言葉で伝えようという発想から抜け切れてないから苦しむんだよ。」
「じゃあどうすればいいと?」
本気でいい回答を得られると思って聞いたわけではない。
返事に困らせて話題を切り上げたかっただけだ。
「そうだなぁ…。」
そういって三樹は指先で顎を軽く摘んで天井を見上げた。
こうして見ると形の整った鼻梁をしている。美しい横顔だった。「例えば…」
ふわと後頭部を三樹の大きな手のひらが包む感触がしたかと思うと次の瞬間にはぐいと力強く引き寄せられ、陽だまりのようにあたたかな唇が俺の唇に触れてきた。
幼い頃、母の手で毛布に包まれ眠りについていた頃を思い出した。
「こんな感じは、どう?」
「反則です。30点といったところですね。いい大人がこの程度のリードしか思い浮かばないんですか?」
「あれ?駄目だった?厳しいなぁ……。」
厳しくもなる。
俺の思い人が誰であるかという根本的な問題には気がつかないのだろうか。
鈍い男め。
もっともそんな自分にはない魅力が、可愛いとも愛しいとも思うのだが。
今まではどうせ入試までの一年ちょっとの付き合いなのだからと割り切ってあきらめていたが、一年ちょっと の付き合いだからこそ迫ってみるのもいいかもしれない。
「先生。」
「ん?何だい?」
「そちらから首を突っ込んできたからには最後まで責任取ってもらいますよ。こうなったら勉強以外のこともしっかり叩き込んでもらいますから。」
三樹の浮かべた驚きの顔に、これで一本取ることが出来たとなんだか妙に嬉しかった。
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羅夢様より頂戴致しました三樹×千庭SSです♪♪♪
三樹ティの設定が微パラレルのはずなのですが、もともと三樹ティは先生だから、
全然違和感感じません(大笑)!!
この大人の余裕の三樹ティが素敵過ぎ…! お互いそのうち本気になるとイイ!!(私も本気。)
でも、しっかり叩き込まれて後悔するのは千庭っぽいけどね(笑)!!!!
羅夢サマ、有難うございました〜♪♪♪
2006-10-31