『掌』

 

鋭く激しい痛みの中でも、確かにそれは伝わってきた。
人の手がこんなにも暖かく優しい感触だということに、初めて気づいた。
復讐だけを考えてきた自分の武骨な手と、その繊細な指先が同じものだとは

思えなかった。

羞恥心と罪悪感から彼女の顔を正視することは到底出来なかったが、顔を逸ら

していても、よりによって仲間を傷つけた敵である俺の、血にまみれた腕を少し

も嫌がらず手当てしてくれた彼女の慈愛の精神は、どんな言葉を用いるよりも

強く確かに伝わってきた。

 

 

自業自得とはいえ、腕の複雑骨折のための入院にも退屈しきっていたところに、

養父の付き人が来客があると告げてきた。「達馬さんにお客さんですよ。とても

可愛らしい方です。どこでお知り合いになったんですか?うらやましいなぁ。」
自分に見舞いに来てくれる人間という意味でも、可愛らしい方という点でも

心当たりがまるでなくとりあえず通してもらうことにした。

コンコンという非力な人間のものらしいドアノックの後、顔を覗かせたのは俺を

手当てしてくれたあの少女だった。

「こんにちは。お加減いかがですか?」そういって少しおどけた表情で微笑む。
その笑顔は手にした花束よりも愛らしく可憐だった。
「それじゃあ僕失礼します。」ニヤニヤした笑顔を浮かべて付き人が退室していった。
どうやら誤解しているらしい。

「お前は ……。」そこまで言って、後に続く言葉に迷った。
「縫。立井縫。」

あっさりと名乗るあたり、俺に警戒心は感じていないように見えた。
「何をしに来た?」
「お見舞い以外の何かに見える?」そういってベッドのサイドテーブルに果物の

かごを置く。
「無様な負け犬を見に来たか?スパイ活動か?まさか特区隊は敵のアフターケア

までするわけじゃないだろう?」思わず憎まれ口が出る。
「良かった。すっかり元気になったみたいね。」
俺の嫌味に動じないあたり、外見に反して芯のしっかりした人間のようだ。
「怒ってないのか?俺はお前達の敵だったんだぞ。」
「日鳥君本人がもう怒ってないのに、私が怒る必要はないわ。それに放って

おけないもん。」
「放っておけないだと?どういう意味だ。」
「私も、復讐考えたことがあるから。」

 

その言葉が胸を貫く。

…嘘だろう?笑えない冗談はよせ。」
「本当よ。」そう言って俺を見るまっすぐな目に嘘は感じられなかった。
俺を手当てしてくれた目の前の少女は、確かにそう思った過去があるのだ。
「私ね、去年の冬に、親友を悪忍に殺されたの。」
立井が少しばつが悪そうに口を開く。
「日鳥君や特区隊との出会いもその時。でもね、その時は悪いことだなんて

ちっとも考えなかった。」
悲しげに目を伏せる。
「自分のやろうとしていることは正義なんだって、そう信じてた。」
大粒の涙が溢れ、立井のまつげを濡らす。
出会った時から今までみせた気丈な様子とは違うその表情に、不謹慎にもドキリ

とした。
「鈴子は私が復讐するようなこと喜ぶ子じゃないのに。私、本当に馬鹿だ……。」
気まずい沈黙が病室を包む。それは向こうも感じたらしく、ほほを伝わる涙を

ぐいとぬぐう。
「だから、深船さんが復讐を考えてた間、どんなに辛かったろうって思ったら

気が気じゃなくて。そんなこと、誰も幸せにしないってどうしても伝えたかったし …。」
立井の肩と声が震える。
「ごめん……お見舞いに来た人が部屋の雰囲気暗くしちゃ、駄目だよね。ごめん。」

そう詫びた。
謝らなければいけないことが山のようにあるのは、俺の方なのに。

 

「その…すまなかったな。」
「何が?」
「応急処置。…感謝してる。」
「どういたしまして。お役に立てれば光栄です。」
人の役に立つということが心底嬉しいようだった。
「りんご、剥く?しっかり栄養つけて、怪我、一日でも治してくれなくちゃ困るわ。」
「何?」
「だって、お義父さんとか深船さんに期待している人達とか、ファンの人とか、深船

さんの帰りを待っている人、たくさん居るでしょう?」
「…さあ、どうだかな……。」
安い期待をした自分が何だか恥ずかしかった。
「見ててね。こう見えてもりんごの皮剥きは得意だから。」

 

その時だった。
りんごが立井の手から、俺のベッドの上に転げ落ちた。
「あ。」二人同時に叫び、互いにそれを拾おうとする。
次の瞬間、立井がバランスを崩してよろめき、俺の上に倒れこむように両手を

ベッドに付き、りんごを拾い上げようと前かがみになった俺と軽く抱き合う形

となった。

 

「あ、ご、ごめんなさい。みっ、右手、大丈夫だった?」

立井の顔が真っ赤に染まる。
「あ、ああ。左手で拾ったからな。」
稽古の時とは違う緊張感、高揚感が胸に湧き上がる。

耳たぶまでが熱かった。
今時珍しいくらいに純粋なようだ。
だからこそ危険を顧みず、戦いの場にも、かつての敵の地にも、身をおけるの

かもしれない。

 

 

「俺のような男でも、特区隊に入れるか?」
勇気を出してそう聞いてみる。
「今からでも遅くないのなら償いたい。」
「そう思っている人なら、それだけで入る資格があるわ。」
「なーんて。私だってまだ正式隊員じゃないけどね。」
そう言って立井が俺の両手を握り締めた。
「頑張ろう。一緒に入隊出来るように。」

 

その暖かさは出会ったあの日のままだった。

 

 

 

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羅夢様より頂きましたタツヌイSSです〜。

達馬ちゃんももの凄く一途っぽいのですが、自分の気持ちを表現するのが
何だか苦手っぽい。
片思いでも大事に想ってくれそう、そんな達馬が素敵ですヨ…!!

羅夢サマ、有難うございました♪

2007-01-07

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