羅夢様からのチバヒトSSです♪♪♪

『微熱』

 

 

「千庭ちゃあん。」
ケータイに届いた大馬鹿からの着信に出ると、受話器の向こうから妙な息遣いと喘ぐ声が聴こえてきた。時間は8時過ぎ。
何だこいつ。立井と最中か何かか。

「何だ。人の勉強邪魔しやがって。」
「そんな冷てぇこと言うなよー。俺、熱出ちゃったみてぇでさ。助けてぇ〜。」

そうか。なるほど。
しかし馬鹿は風邪を引かないのではなかったのか。

「立井か深船にでも頼めばいいだろう。あいつらの方が家も近い。」
杖承さんと原さんと林の名前は出さないでやった。
こんな自己管理も出来ない大馬鹿の面倒を見させるのは悪いからな。
「んなこと言うなよー。冷てェな千庭ちゃん。達馬は病人の看病なんて出来なさそうだし、縫は女の子なんだから夜に一人男の部屋に呼び寄せるわけに行かねぇだろ。染したら悪いし。それにお前医者志望じゃん。」

ふん、言ってくれる。
ぽろりと本音を漏らしたのは、俺を軽く見てるのか、それとも建前と本音の使い分けすら出来ないくらい馬鹿のどっちだろうか。
それにしても、俺に使い走りをさせようとはいい根性だ。

「なぁいいだろー。大事な相棒じゃねぇか。」
「大事でもないし相棒でもない。所属部署が同じなだけだ。何度も同じことを言わせるな。」
熱でのぼせた頭を冷やすのに丁度いいだろう。冷たく突き放してやる。
「そんなぁ〜。」
が、考えてみれば気分転換の散歩がてら熱で弱った大馬鹿の惨めな姿を見に行ってやるのも面白そうだ。

 

 

 

「おい、見舞いに来てやったぞ。」

ベッドでうんうん唸っている大馬鹿の鼻先にレジ袋を突き出す。
中には保冷剤や中華街で購入してきた漢方、スポーツドリンク、栄養ドリンク、コンビニで買ったレトルトの粥、そんなものが入っていた。

「サンキュー。千庭ちゃん。」
「まったく、仮にも特区隊員とあろうものが、風邪ぐらいでダウンしやがって。台所、借りるぞ。」


狭く乱雑な台所で、レトルトの粥に漢方をぶちこんだ病人食を作ってやる。

 

「ほら。冷めないうちに喰え。」
「何?これ。食えんの?」
「殴られたいか?薬膳粥だ。」
「この木の根っこみてーのは……?」
「高麗人参と冬虫夏草と生姜だ。そんなことも知らんのか。」

ピシャリと言い放つとむすっとした顔で粥を口に運び始めた。
「不味い。前に縫に作ってもらったキムチチゲと大違いだ。お前、料理は駄目だなー。お坊ちゃんだからか?」
ふん、言ってくれる。

 

「後は汗か。拭いてやるからさっさと脱げ。」 
 

汗だくの日鳥なんて見ていても気分のいいものではないから、お情けで着替えもさせてやることにした。
タオルで大馬鹿のうっすら日焼けした胸板を擦る。

年中胸元をはだけさせるなんてだらしないことをしているから、こんな目に合うのだろう。
「イタタタタ。千庭ちゃん痛い。そんなに強く擦るなよ。もっと優しく吹いてくれって。」
病人の割りによく口の回るヤツだ。
次は汗で濡れたパジャマを脱がせて新しいパジャマに(ちゃんと洗濯されたものかは知らないが)着替えさせる際もいちいち暴れるため大変だった。病人らしく力を抜いて大人しくしていればいいものを。
まあ現場の看護士の苦労を体験できたいい経験だと思うことにしよう。

 

 

 

満腹になったせいか、着替えてサッパリし気分を良くしたのか、日鳥がいびきを立てて寝付いた。起きているとうるさいから、この方がいい。
額の濡れタオルを変えてやろうとする。その時だった。

「親父ぃ ……。」

日鳥がうなされたように声を上げた。
悪夢でも見ているのか、顔がゆがみ、息が荒くなる。
そういえばこの大馬鹿の父親の話は聞いたことがない。
別居か離婚か死別か。
父親から愛情を注がれること、あるいは愛されていると感じることが少なかったのかもしれない。
自分の幼少時代を思い出す。

……俺と同じだな…………。

いくら大馬鹿でも、俺と正反対の性格でも。
ふいに自分の中に「感傷的」という名の気まぐれが目を覚ました。
汗でぐっしょりと湿った頭髪の中に指を滑らせる。
手持ち無沙汰で暇だったからだ。深い意味はない。
いつも殴りつけてる代わりに優しく撫でてやった。
生まれたばかりのひよこというのは触れたらこんな感触だろうか。
しばらくして表情と息が和らいでいく。
さすが単細胞名だけある。
その時だった。

「じぃちゃん ……。」

そう呟いた日鳥の目尻から頬に濡れた線が走った。
日鳥の泣き顔なんて気持ちの悪いものを鑑賞しても仕方ないので、目尻の涙を拭ってやる。すると日鳥の手が俺の手を握った。
寝ぼけているらしい。
こいつが所謂「お爺ちゃん子」であることは杖承さんや、立井との会話から察してはいたが、夢の中で祖父に逢っているのか。
老人の手に間違われることは少々不本意だったが、おそらく手を繋いで散歩でもしているのだろう。跳ね除けるのはさすがに無粋な気がしてためらわれた。

 

黙っていれば可愛げもあるんだな。
今日は特別だ。
少しぐらい左手は貸してやる。

 

 

 

 

終電が近くになって日鳥が目を覚ました。
俺が来た直後に比べれば大分楽になった様子だ。

「あれぇ?俺、寝てた?」
「ああ、間抜け面でな。」
「何かさっきよりは大分楽になったみてえ。お前の雑炊、味は最悪だったけど、案外効いたのかもな。」

おそらくそれはないだろう。

日鳥が眠っている間に、ケータイへ父へと電話し日鳥の症状、脈拍、体温を伝え、処方してもらった薬を新米の看護士に届けてもらい、寝ている間に無理矢理口の中へ押し込んでやった効き目が現われたのだろうが、バラしてこの大馬鹿に恩を売ったところで何か見返りが期待できるわけでもない。何よりいちいち説明するのが面倒くさいので、黙っていることにした。

「それにしてもお前、まだ小康状態だった時に医者に行くという選択はなかったのか?」
「うーん、焼いたねぎ首に巻いたりとかはしてみたんだけど。」
本気で馬鹿か。こいつ。
認証試験に常識を問う筆記試験がないのが悔やまれる。
迷信の民間療法を信じているとは。
その時だった。ふとある治療法を思いつく。

「気休めでよければ、有名な民間療法試してやってもいいぞ。」
「ん〜〜〜、気休めでもいーっ。熱下がんなくてもいいから気分だけでも楽になりてぇ。」
「そうか、分かった。後から文句を言うなよ。」

そう念押しして、熱で喘ぐ大馬鹿の上に覆い被さる。
乾燥しひび割れていたせいか、唇を介して伝わった感触はさほど気持ちよくはなかった。
体力を消耗しきってぐったりしていたせいだろう。何の反応も抵抗もなくされるがままだったのがつまらない。

唇を離すと、大馬鹿が息も絶え絶えにこう言った。
「な、何すん、だ、よー…。」
「ふん、馬鹿奴。昔から言うだろう?人に染せば直ると。もらい受けてやったんだ。ありがたく思え。」

 

 

もうそろそろ帰った方がいいだろう。
明け方まで付きっきりで看病してやるほどの義理はない。
母も心配する。
「日鳥。」
「あん?」
「早く治せよ。」

 

それだけ言って駅へと急いだ。

 

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羅夢様より頂きましたチバヒトSSです。
こちらの千庭は、本当に「ツン」です(笑)。でも、お薬を調達してあげちゃう
ところが千庭らしい優しさですよね!
羅夢サマ、有難うございました♪

2007-06-13

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